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イベント・レポート

第76回 職域団体対抗将棋大会

   〜〜〜リコー全勝でS級2連覇達成〜〜〜





年月:1999年3月7日(日))

場所:日本武道館(千代田区)

リポータ:西田文太郎 e-mail : nishida@cs.ricoh.co.jp


 

【将棋の団体戦】

 どんより曇った冷たい朝の8時過ぎ、例によって、ぞろぞろと大勢の人が武道館のある田安門に吸い込まれていく。ふと、千鳥が淵を見ると、にぶい飴色の水面を鴨であろうか数羽の水鳥が、てんでんに遊んでいる。すーと音もなく水面を滑る水鳥は、扇の要に位置して両側に60度ほどのきれいな航跡を残している。

 

 普段仕事に明け暮れる将棋好きたちの春のビッグイベント、職団戦。今年は全国から540チーム、2700人が集まっている。3年前は608チームが参加していたことを思えば少し寂しいが、ここにも景気の低迷が影響しているのだろうか。最上位の8チームのSからA、B〜Fクラスまで7段階に分かれて、1チーム5人で争う将棋の団体戦。

 もともと1対1で争う個人戦のゲームを「3人以上が勝てばチームの勝ちとなる」団体戦に仕立て上げたところがみそで、なかなか面白い。自分が負けても、チームが勝つこともあり、逆に自分が勝ってもチームが負けるということもある。又、プロの世界では見たことがないのでアマチュアだけの楽しい将棋大会だ。

 

【戦国時代】

 9時になって、広い会場が埋め尽くされた頃、大きな太鼓が「どーん」と鳴り、二上会長の挨拶が始まった。優勝杯返還には、昨秋Sクラス優勝のリコー1軍の主将野山と菊田が出ている。そのときも初戦破れて、ぎりぎりの優勝だった。あの優勝杯は、又帰ってくるだろうか。

 これまでリコーは1981年の第41回大会で初優勝して以来、35回のうち22回の優勝を記録している。しかしSクラスができた95年からは3度の優勝にとどまり、チームはかなりの危機感を持っている。

 

 元奨励会出身の強豪やアマタイトルホルダーを擁するアルゴリズム研究所、プロセス資材、毎日コミュニケーションといった新手が富士通、NEC、東芝といったアマ古豪チームに割って入り、ここ数年は乱世の戦国時代の様相を呈している。

 

 アマチュアのチームがその強さを維持するのは並大抵ではない。リコーは80年代にアマ個人タイトル戦で大活躍している谷川、浜下、瀬良、野山に、南、佐々木や田尻が加わり4連覇、8連覇、4連覇と84年から92年にかけては黄金時代で、最盛期は1軍と2軍で優勝、準優勝をするなど層の厚さを誇っていた。

 しかし、ここ数年個人タイトルとも疎遠になりつつある。海外転勤や、海外出張、国内転勤などもあり、全体の年齢層が上がりそれぞれの事情ができたり、田尻や南が退社するなどして、他チームとの差が急速に縮まってきた。豊島も一昨年入社してこれからと思っっていたら、あっという間に広い大地の北海道にあこがれて新しい道を歩み始めた。やはり、94年入社の若きエース菊田や昨年入社の新星山田に期待せざるをえない。

 

【女流棋士の指導対局】

 AクラスからFクラスはトーナメント制で、1回戦に負けると慰安戦のトーナメントとなるので、どのチームも最低2試合は対局ができる。それでも、全体の約半数は2局とお弁当でおしまいとなる。そんな人たちのために、主催者の日本将棋連盟は、プロ棋士による指導対局を用意してくれている。今回は指導棋士陣に谷川三段、藤森二段、林二段といった女流棋士も初めて加わって、華やかになった。連盟のクリーンヒットだ。観戦が忙しく、残念ながら指導は受けることができなかったが。

 また、会場には高橋女流初段も来ていて、3月20日に行われる女流棋士の親睦会の前売り券をPRしていた。せっかくカメラを持っていたのに、どうも「写真を撮らせてください」の一言がいえず、シックな黒のパンツスーツ姿の和ちゃんの笑顔を取り損なってしまった。この辺、ついつい歳のことを考えてしまうのか、気後れしてしまう。写真の腕が下手なことも弱気にさせる原因だろう。

 

【ハプニング2題:その1】

 水曜日くらいから谷川が熱を出してしまい、土曜になってついに出場断念の知らせが入った。大ピンチである。今回は私用で出場しないことになっていた山田がこの報を聞いて急遽出場することになった。「義を見てせざるは勇なきなり」と論語にもある。もっとも、このために別の義を欠いてしまったようだが、やむを得ない。

 

【飛び上がり3題:その1】

 話は、急にDクラスに飛ぶ。私は4軍で、Dクラスに出ていた。1試合目は3勝2敗で辛くも勝ち上がって、2試合目。これに勝てば古土井さんのいるJA全農と対戦だ。その大将戦を則武が指している。





 局面は相矢倉から敵は入玉を目指して、ほぼ入れそうだ。則武玉も悠々入玉できそうだ。大ゴマは則武が3枚持っているので、27点法で、すんなり入れば勝ちというところだ。

 ところが、則武は何か勘違いしているようで、意味なく敵歩に歩を合わせたりして、混乱している。更に、目的のよくわからない角を打った。たぶん敵の矢倉に取り残された桂、香を拾いにいったのだろう。しかし1間隣に自分の竜が居る。敵の駒台には桂馬が乗っている。

 この辺は岡目八目で周りで見ている人はたいがい気がついていそうだ。知らぬは両対局者のみ、2手進み、敵の手が止まった。気づかれた。手がすっと桂馬に伸び、竜、角両取りに打った。瞬間、則武は飛び上がってしまった。

 ただ、ここの勝敗には関係なく、すでにチームは1勝3敗で負けは決まっていたが、釣り逃がした魚という感じで、なにか惜しい気がした。

 

【団体戦の妙:大将】

 団体戦では、大将に絶対的強さの者が座ると、かなり有利だ。残り4人で五分五分でよいので、同じクラスなら五分五分以上でいける可能性が高い。上位クラスなどでは、誰が大将でもおかしくないほどの戦力だが、Dクラス以下ではその効果が高いようだ。アマ強豪の藤森のいる東京リコーチームが、Fクラスからスタートしてかなり順調にAクラスまで上がってきた。もっとも、ここにはかつて小池重明氏を破ったことのある名田もいる。樋田さん率いる三和銀行や、古土井さん率いるJA全農チームなども、どんどん上がっていくだろう。

 もちろん、一人だけ強くても勝てないが、刺激されたり教えたりで、周りもそこそこ強くなってしまうだろう。

 

【団体戦の妙:組み合わせ(当たり)】

 たとえば5人の棋力がA、B、C、D、Eというチーム同士が対決する場合を考えてみる。この順番通りに当たれば、それぞれが互角でチームとしても五分の予想となる。しかし、片方が順番を変えてE、A、B、C、Dとぶつけてくれば、Eは、敵のAに当たるので、勝ち目がほとんどないけれど、ほかの4局は棋力がワンランクずつ上なので、チームとしては有利な結果が期待できる。

 チーム力が互角の時は、このような作戦を採ってもつまらない。しかし戦力的にやや不利だと思う場合は、このあたり順を変えることで勝負に持ち込むこともできる。

 たとえば、A、B、C、C、C 対 A、B、C、D、Eのとき、まともにならべれば、初めの三局は互角でも、後ろの二局で不利になる。そこで、仮にE、D、A、B、Cとぶつければ、最初の二局は不利でも、続く二局は有利なので、最後のC同士の対局に勝負をかけることができる。

 特に、実力伯仲のSクラスでは、このあたり方が、勝敗を分けることもしばしばあるようだ。ただし、棋力の判定は非常に難しい。アマ連などのレーテイングという方法もあるが、勝負は生き物であり、大会の雰囲気や、チームの状況、相手との相性や、先手・後手の違い、その日の調子など、いろいろな要素が微妙に絡み合う。

 ちなみに、アマ連が主催しているグランドチャンピオン戦は、タイトルホルダーを一堂に会してレーテイング順に並べてスイス式リーグ戦で優勝者を決める。97年と98年の試合では点数の上の方がどのくらい勝っているか見てみると、6勝6敗と10勝11敗だった。

 また、現実には組み合わせは、メンバー表の交換までわからないので、狙い通りに当たるとは限らないので、作戦がはずれることもある。

 

【ハプニング2題:その2】

 Sクラスは、4チームずつに分かれて予選リーグを行う。上位2チームが決勝トーナメントに進む。また一番成績の悪い1チームがAクラスに陥落する。一昨年の秋は、あろうことかリコー(1)が陥落の憂き目にあって居る。

 今年は、幸いリコーは3連勝して予選リーグを抜けた。その、アルゴリズム研究所戦で、菊田対中山戦が千日手となった。その時点で、リコーは3勝して予選トップが確定していたので、指し直しはしなくて良いということで合意した。

 ところが、しばらくして、来期はどこが陥落するのか確かめていると、成和産業が3連敗の勝ち星4,アルゴリズム研究所が同じく3連敗で勝ち星3.5と微妙で、ポイントではアルゴが上なので、もし千日手指し直しで、アルゴが勝てば成和産業の陥落となるところだった。

 しかし、そのときには既にアルゴの中山氏は帰ってしまっていて、対局のしようがなかった。結局アルゴの鈴木氏が一度合意したからといって引き下がってくれたのでアルゴの陥落ということに落ち着いた。

 

【飛び上がり3題:その2】

 S級の決勝戦はリコー対プロセス資材となった。プロセスには、最近のアマ大会で大活躍、プロの竜王戦6組でも2勝と気を吐いている遠藤正樹さんがいて強敵である。

 その遠藤さんと対戦したのは佐々木修一。佐々木の居飛車穴熊に遠藤さんの振り穴で、がっちり組み合った後、5五歩から佐々木が開戦した。遠藤さんは長考の後、飛車角交換から中央要所に角を打ち、佐々木は敵の一段目に飛車をおろす展開になった。佐々木が桂、香を拾いその香を六筋下段にうち下ろす間に、遠藤さんはと金を作り金銀と交換して、その銀を7八に打ち付けた。

 少考の後佐々木の香車が敵陣に走り、成った。すると、遠藤さんも少考してはっしとばかり金を打った。桂馬と銀とが効いている7七の地点だ。焦点の歩ならぬ、焦点の金だ。瞬間佐々木は「えっ」と叫び、30センチも飛び上がった。私も棋譜をとっていた新兵器モバイルPCを落とすところだった。

 佐々木は一瞬にしてわかったのだろうが、気を静めてから昇天を告げた。

 

【飛び上がり3題:その3】

 決勝戦は2勝2敗で、副将戦の菊田対青野戦が最後の決戦となった。やや攻めが細いけれど、青野さんががんがん攻めている。飛車を金取りに打った。飛車を切って金をとれば、菊田がもう一枚の守りの金でその竜をとると、金を打たれて詰んでしまう。

 そこで、菊田は金取りを受けて桂馬を打つ。すると青野さんは秒読みで、何か勘違いをしたのだろう、いきなり竜を切って金をとった。同桂ととられて、飛び上がった。

 それでも、決勝局となったのを気配で感じてか、青野さんは大いに頑張ったが、あそこの勘違いが痛かった。

 

【決勝戦】





 4連勝同士でプロセス資材とリコーが激突した。リコーはここまで4試合とも、不動のオーダーをくんでいる。決勝戦で、プロセスは要に遠藤さんを置いて、千鳥が淵の水鳥の航跡のような編隊を組んで、中央突破を狙ってきたようだ。

 リコー側も並びを変えて、結果的にがっぷり四つの好取組となった。相穴熊で一番長引くかと思われた遠藤・佐々木戦が、前述のノックアウトパンチで一番早く終わった。続いて、石田・野山戦は野山が制し、河上・瀬良戦、小林・山田戦はそれぞれ河上、山田が勝って、2勝2敗となり、決着は副将戦に持ち込まれた。

 これも前述のように、運良く菊田が勝ちきって、久しぶりに5試合に全部勝っての優勝となった。Sクラスができてから2連覇はアルゴリズム研究所が過去一度達成しているだけで、リコーとしては初の連覇となった。

 

【強い選手がいれば】

 団体戦は、昨年の巨人の例を出すまでもなく、強い選手をそろえれば勝てるというものでもない。もちろんあるレベルに達していなければ論外だが、そこそこの選手がそろっているチームでの戦いでは、勝つことは難しいと、つくづく思う。個人戦ももちろんそうだが、団体戦はなおさらと思う。

 一口にいえば、チームワークということになるのだろうか。主将の野山は、「一人一人の普段の精進ももちろんだが、その場の雰囲気、盛り上がりも大きい。谷川の急病を聞いて急遽駆けつけた山田で、チームの意気も上がった。今回は全日本選手権でのチームとして快勝した勢いもあり、選手5人に活気があった」という。

 今回の打ち上げは選手も応援団も一丸となって喜べたと思う。

 

【その他大勢】

 今回も、リコーは7チーム参加した。まあ、Sクラス以外は不戦敗を喫しないことだけがマストではあるが、6チームそろって2試合で、敗退とは、あまりにも不甲斐ない。そうは云っても、社会人のクラブ活動は場所や時間の確保からして難しい。

 まあ、結果はともかく、精一杯好きな将棋で楽しもうということでも仕方がない。でも、将棋は勝つことが楽しいことだから、ちょっと侘びしい。

完(記:99年3月13日)

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