・ラス前
・大山十五世名人
・村山九段
・クリをもらう
・本当は終電で帰りたいよね
・郷田棋聖の解説
・高橋九段の解説
・マジシャンとの再会
・ベレー帽のマドンナ登場
・落ちた!
・終電の時刻
・一番沸いた瞬間
・カプセルホテルで
【ラス前】
2月3日(水)、今日はA級名人戦の8回戦である。というよりは、麻雀ではないがラス前といった方が判りやすいだろうか? 今年は抜け番もあるしね…といったくだらないことは置いといて、今日で挑戦、降級すべてが決まるかもしれない重要な日である。幸い今年は弟が順位戦に限っては好調。オーラスはBSでゆっくり見るとして、今日大盤解説を見ない手はない。
終局は日付が変わり、当然厚木まで帰ることは不可能なのだが、どこかで夜明かしを覚悟して、仕事を早めに片付け、夕食も取らずに千駄ヶ谷の将棋会館に向かった。時刻は午後5時20分。
以前の最終局の混雑ぶり(2F道場だけでなく、研修室も使っていたはず)を覚えていた私は、すでに座れないことを覚悟していたのだが、意外にもお客さんはまだまばらであった。結局、最後まで満席になることはなかった。やはりラス前はこんなものなのか。
【大山十五世名人】
受付もそれほど混雑していなかったので、3月20日に行われる女流棋士二十五周年記念の親睦将棋会の前売券を購入する。何度か顔を出しているが、会費の分のもとは十分取れると思う。お勧め。
とは言え、現実に1万円札+アルファが財布から消えていくのは痛い(^^;;)。6時の解説開始まで、夕食をどうしようかと思ったが、コートなしで外に出るのも嫌だなということもあり、自動販売機のパンでわびしく済ませることにする。
この夜は特に寒かったので、コートなしというのは少し無謀だったかも知れないが、コートなしで思い出すのは大山十五世名人だ。会館建設の資金集めで、いちいちコートを着たり脱いだりするのは時間の無駄だという理由だったと聞く。その大山さんが残留を決めた時の大盤解説会では、思わず涙を流したファンもいたと聞く。
今年はどんなドラマが待ちうけているのだろう。
【村山九段】
大山十五世名人といえば、同じくA級在位中になくなった村山九段のことを思い出さずにはいられない。先日の「驚きももの木二十世紀」をご覧になった方も多かっただろう。
村山さんの永遠のライバルは羽生4冠と紹介されていたが、本来ならば今日は羽生vs村山戦が組まれていたはずだ。村山さんはどんな気持ちで天国から今日の将棋を眺めているのだろうか?
【クリをもらう】
解説が始まるのをお茶を飲みながら待っていると、山岡太郎さんにお会いする。杖をついておられたが、まだまだお元気だ。先日の都名人戦も、「4−1なら予選抜けだったけど、もう一息だったよ」とおっしゃる。大ベテランである。しばらく雑談。なぜかクリをいただく(^^)。
その後、大学の後輩も入ってきて隣に座って近況交換。こういうのも、イベントに参加する楽しみだ。ただ、前に座っていたおじさんがピント外れの質問をやたらに話しかけてきて、これにはやや閉口。
【本当は終電で帰りたいよね】
「本日はA級順位戦ラス前です」との事務局の方の声。やっぱりラス前が一般的な表現なのかな。会場からも少し笑いが漏れる。
今日の解説は郷田棋聖と高橋九段である。どんな解説が聞けるだろうか。対照的な解説になりそうだ。
それにしても、判ってはいるのだが「終局は1時近くなりますので、終電の時間と相談してご覧ください」である。何とかならないのかな。今日だけ開始を1時間早めるとか。持ち時間を30分、短くするとか。まあ、プロ棋士も生活がかかっているから仕方ないのだろうが、もう少し関西からの指し手が早く入るような仕組みも考えてほしいところ。終盤はなかなか対局室に入れないだろうからモニターをつけるとか。
【郷田棋聖の解説】
まずは郷田棋聖の解説である。早見えで切れ味よく、序盤はどんどん飛ばしていく。我々には良いのだが、初心者の方にはついていけるかちょっと心配してしまう。戦形は次の通りだ。
(以下、対局者は敬称略、先に書いた方が先手番)
中原vs森内 相がかり3七銀(関東)
森下vs丸山 横歩取り8五飛(関東)
加藤vs谷川 棒銀対四間飛車(関西)
島vs井上 4手目7四歩(関西)
最後の1局だけが、井上の作戦で乱戦となっている。島のコンピュータにも入っていないだろう。負ければ島は即落ち。井上も負ければ降級目がある。生活がかかった戦いだ。他の3局は、先後が決まっていれば予想通りの戦いと言えよう。
心配していた通り、郷田棋聖の解説のペースが早すぎて、夕休明けまでに時間があまってしまった。あらためて、一番進んでいる中原森内戦を解説することになる。降級の危険も残っている中原だが、プレッシャーもなくバンバン攻めている。でも、はた目には攻めさせられているようだ。
ここで次の一手が出題される。挑戦をかけた谷川加藤戦からである。中盤で谷川6五歩と突いたところ。私の予想は6六歩だったが、加藤の次の一手は7七角。解説でもあまり触れられなかったため、正解者はわずか3名だったが、これが次の8六角からの角交換を見せた手で、加藤有利になったようだ。
【高橋九段の解説】
7時半、再開後は高橋九段の解説である。丁寧な解説で定評がある。無口という印象があるが、これは昔、将棋に負けて感想戦でしゃべれなかった(悔しくて)という話が頭に残っているのであろう。解説は初心者にも判りやすく。1局に30分もかけてくれた。このため4局目にいこうとして、事務局からストップがかかったほどである。
島井上戦以外は予想通りの戦形だという話は先に書いたが、高橋九段からも、「実は、今、将棋世界に戦形別の4ページの棋譜紹介を書いているんですが、最近はほとんど、矢倉と、藤井システム対居飛車穴熊もどきなんですね。これではいけないと思いつつも、やっぱり自分では矢倉と居飛車穴熊になってしまう。生活がかかってますからね。その点、棒銀一筋の加藤さんのような人は貴重です」とのセリフが出る。
その加藤、有利に進めていたようだが、私にも判らないタイミングで9五歩の端攻めが出て、形勢混沌となる。やはり端のタイミングは悪魔に聞けだよなと思っていたが、逆用されたように見えた端をまた攻め返して、加藤の優勢がはっきりしてきた。しかし、今日も時間に追われている。
中原森内戦は森内優勢、森下丸山戦は丸山攻勢だが、森下好みの展開。そして、島井上戦は井上優勢となっている。どうやら落ちる方は今日決まってしまうかもしれない。
【マジシャンとの再会】
再び休憩。将棋も強い?マジシャンの会社として有名なウィザードインの柳田代表、林さん、小林恵子さんにお会いする。「谷川さんは、帰れないでしょ?今晩はどうするんですか」「いや、11時半に出ないと帰れないので、歌舞伎町のサウナにでも泊まりますよ」「そうだよね。一番面白いところ、見られないもんね」というような会話を交わす。
羽生さんと小林恵子さんの平手対局(私もゲストとして出ていた)を覚えている方も多かろう。その種明かしの本が発売されている。詳しくは近代将棋の小林さんのエッセイか、
ウィザードインのホームページを見てください。
そういえば羽生四冠が登場していないが、今日は抜け番である。まだわずかながら降級の可能性を残している。
【ベレー帽のマドンナ登場】
時刻は11時前。タイトルでもうお分かりと思うが、加賀さやかさんがやって来た。近代将棋のイラストつきエッセイでもお馴染みであろう。彼女は帰りの手段を確保しているので、今日も最後まで見ていくという。うらやましい。
加賀さんには何度かリコー合宿に来てもらっている。13日の早稲田との全日本選手権も「仕事が入らなければ応援に行きます」との約束をもらった。このホームページについても手伝ってもらえそうだ。
【落ちた!】
受験生の人は読まないで下さいと言っても、もう手遅れか。
別に島が落ちた訳ではない。
あらためて解説に熱中していると、急に私の視界がぼやけた。「あっ、谷川さん、レンズが…」幸い、隣に座っていた後輩が受け止めてくれる。そう、こんなところで、メガネのレンズが外れたのだ。ネジもどこかに行ってしまい、とりあえず直すのはあきらめたが、この頃、森内は優勢を拡大し、加藤は決め手があってもおかしくない局面。
嫌な予感がした。
【終電の時刻】
まず、中原森内戦が終わった。ずっと森内が良かったが、最後、1分将棋で受けても安全勝ちだったのに、30手近い詰みを読みきるのは凄い。これで1敗を守り、ぴったりと谷川を追走している。中原は2勝6敗で全日程を追えた。もし今日、島勝ちなら、最終日抜け番で25%の他力に残留を託すことになる。その場合、平然と解説に出てきてくれれば大したものだが・・。中原は最近は毎年危なかったし、今年度は不祥事(?)の発覚もあった。ま、陥落しても、1年で復帰してきて欲しい。
これで、羽生の残留が決まった。
残りは3局。森下丸山戦だが、森下が受けつぶしに失敗し、非常に受けにくい格好になっている。加藤谷川は加藤が良さそうだが、踏み込めないでいる状態。島井上は井上優勢で、どう決めるかというところ。
日が変わり、私の終電はとっくにない。0時15分、解説は15分休憩するという。何でこんな時に休憩するのかねえ。ちなみに新宿行きの終電に乗るには0時45分に将棋会館を出ないといけない。
【一番沸いた瞬間】
とにかく0時半再開。さすがにお客さんの数は減った。一番面白いのはこれからなのだが・・。郷田棋聖、高橋九段、二人での解説となる。
「まず、森下丸山ですが、終わりました。丸山勝ちです」これで丸山は2敗キープ。かすかに挑戦の望みを残す。A級1年目、大したものだ。
「それから関西の2局ですが、加藤谷川戦は逆転して、はっきり谷川勝ちになりました」
「オーッ!」声に出せない声を上げる。
「島井上戦も逆転して、島が勝ちそうですね」場内から歓声が上がる。一番沸いた瞬間だ。
私としては前者をやってほしいのだが、会場の反応がこれなので、島井上戦が並べられる。
島の辛抱が効を奏し、井上が守りに入ったのがまずかったのか。ほどなく、関西から2局の結果と棋譜がFAXで送られてきた。
加藤谷川戦は、逆転してからの谷川の「負けられない」という慎重な指しまわしが印象的だった。
【カプセルホテルで】
森下丸山戦の棋譜がまだ残っていたが、時刻はもう1時を回っていた。後輩を促して、我々は将棋会館を後にした。タクシーを拾うのに苦戦したが、無事新宿の歌舞伎町に到着。
後輩はマンガ喫茶で夜明かしするというので、私はカプセルホテルへ。小さな個室の中で、
私は弟の勝利に静かに乾杯した。