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イベント・レポート

キリン杯ペア将棋トーナメント‘97

リポータ:吉中勝則 e-mail : yosinaka@ic.redd.ricoh.co.jp

●開催日 :97年5月11日(日曜日)

●開催場所:東京 九段会館



 普段、将棋を見るためだけにお金を払うなんて考えたことのない私が、「キリン杯ペア将棋トーナメント」を大枚3000円をはたいて見に行ってしまった。
 理由は単純。出場者の林まゆみさんに頼まれて、「いや」とはいえず、仕方なく(本当は心を躍らせて)行っただけのこと。
 林さんからは「牧野さんも一緒に来て欲しい」と言われたので、牧野君も誘った。
 でも、後で聞いたら、どうも前売券の裁き具合が思わしくなく、出場者にまで招集の仕事が回ってきたらしい。この裏話を後で聞いて少しがっかりした。
 「何をがっかりしたかって?」 ・・・男心と秋の空は微妙なのである。

 会場は職団戦の会場である武道館の隣の九段会館。由緒正しい建物である。

 当然、「将棋を女性に広める会」会長の谷川さんと「新しいマドンナを探す会」会長の西田さんは、見に来ていると思って入場と同時に探し回る。
 何と2人とも来ていない。これは、WWWに載せる原稿を私が書かなくてはいけなくなるのではと覚悟を決めて、開会と同時にメモを取り出した。

 ずぼらな私である。当然その時のメモなどとうの昔になくしている。従って、今、記憶を便りにこの文章を書いている。

 さて、セレモニーの司会は渡辺徹である。アシスタントが榊原郁恵なら言うこと無しだが、将棋連盟の予算ではそこまで願うことが無理筋というもの。(作者註:榊原郁恵→若い人は知らないかもしれないけれど、渡辺徹の嫁さんで元アイドル)
 アシスタントでなく、解説に羽生名人が付いた。
 でも、この渡辺徹の司会がめちゃめちゃ上手かった。とにかく、会場を常に楽しい雰囲気に持っていく。といって、解説の羽生を食ってしまうようなことはない。プロとはこういう者か?と感服した。

 キリン杯ペア将棋トーナメントはプロの男性とプロの女性がペアを組んで将棋を指す史上初のトーナメントである。指し手は男女1手づつ交代になる。

 このペア将棋トーナメントを面白くしている要素に相談タイムがある。
 これは、各チーム1対局で2回与えられ、ペアのいずれかが提案を行い、相手に聞かれない環境で相談ができる。その相談内容は観衆も聞くことができる。
 何ということもないルールにみえるが、見方を変えるとプロが将棋の最中にどのようなことを考えているか一端を伺うという面では史上初の試みである。
 雑誌の自戦記などでは後講釈しか聞けない。今回の相談タイムでも面白いものを幾つか見ることができた。

 今回は前年度活躍した男女各8人により8組のペアが作られてトーナメントが開始された。
 既に、1回戦は終了しており、本日は2回戦以降、即ち準決勝から決勝まで行われる。残っているペアの対戦組合せは石橋・森内vs清水・深浦と中井・屋敷vs林・谷川。
 シングルのトーナメントで男子の大会と女子の大会を行ってもヨダレの出てくるような組合せだ。

 第1試合は石橋・森内(先手)vs清水・深浦(後手)であった。そうそう、どういう訳か司会の渡辺徹の口からは必ずペアの女子の名前が先になって紹介される。
 対局を見ながら、テニスのMixダブルスはどうであったか必死で思い出そうとしたが、思い出せなかった。知っている人がいたら教えてもらいたい。

 試合はなんと清水・深浦ペアの振り飛車穴熊であった。もしこのペアでこの戦形を予測できた人がいれば、予言者になれる。少なくとも私はお金を払って私の運勢を占ってもらうだろう。それほど、考えられない戦形である。

 でも、考えてみると合理的な作戦と言えないこともない。相手から見れば予測を完全に外され、しかも、多様な作戦が想定される。一つ間違えればペアの苦手な戦形にしてしまいかねない。自分サイドは、作戦が簡単で、せいぜい飛車を振る位置と左の銀と金の動かしかたを決めておけばほとんど序盤作戦の骨格は決まる。ペア将棋ならではの戦法であった。

でも、結果はあっさり石橋・森内ペアの勝ち。慣れないことはするもんでない。

第1試合後の休憩の時、後ろを見ると「新しいマドンナを探す会」会長がいらっしゃっていた。

「WWWのレポートお願いします?」

と、軽く振ってみる。

「吉中さん、お願いしますわ。」

と軽くかわわされる。

 第2試合は中井・屋敷(先手)vs林・谷川(後手)。相掛かりで先手が棒銀の将棋。
 中井vs清水で2局ほど見た記憶がある形だ。この将棋は相談タイムのやり取りが面白かった。
 仕掛け所で、林さんが相談タイムを取った。そこまでの進行は中井vs清水戦と全く同じ進行であった。
 そのため谷川竜王は

 「この将棋は私に相談されてもねえ。私も中井さんか清水さんに聞きたいですよ。2人の将棋はこのように進んだけれど...。」

 と言いながらさらさらと数手、大盤上で進めた。そして、

 「でも、どこかで変化しないと、(経験の差)で負けてしまうなあ。」

  ところが林さんはこの将棋を知らなかったらしい、

 「その後どのように指すんですか。」

 (傍目には、林さんがこの将棋を知らないように見えたが、実際は観衆を意識して下地になっている過去の将棋を谷川さんに解説させようとしたのかもしれない。)
 谷川竜王、困って、
 「じゃあ、(かなり迷いながら)この将棋のように指しましょう。」

 で、作戦タイムの1分がなくなってしまった。
 正確でないかもしれないけれど、作戦タイム中の会話の流れはこんなものだった。やっぱり1分は短い。
 あんのじょう、谷川竜王はそこから数手で自分の手番で変化に出た。

 そこから、しばらく進んで、屋敷七段に受けの妙手が出た。
 羽生の解説

 「うーん、これは良い手ですねえ。」

 直後に林・谷川ペアの手が乱れる。 再び林・谷川ペアが作戦タイム。
 谷川さん、

 「屋敷君の手は良い手だったですねえ。私が間違えてはいけませんねえ。」

 と反省して

 「こうなったら、しょうがない。しばらく受けに回りましょう。」

 というようなことを言った。
 対局中に指した手の反省の弁が出るとは思わなかった。

 私はトッププロとは対局中に過去の手にこだわらず、現在の局面で最善の手を指せる人たちだと思っていた。
 谷川竜王はトッププロの中では気持ちの整理が下手な方なのかもしれない。それともトッププロも人の子ということか。
 谷川竜王は時折、粘りのない負け方をする。このことと、今の会話をダブらせてしまった。谷川将棋の弱点はこんな所にあるのかもしれない。
 将棋は、その後二転三転するが、最後は後手が「詰ませてみい。」と必死を掛けたのに対し、先手が詰まないはずの王様を、後手が受け間違えて詰まして勝ってしまった。
 隣に座っていた牧野君は「あの形は詰まされても文句は言えないですよ。」と言っていたから、逆転とは言い難いかもしれない。

 と言うわけで、決勝は中井・屋敷(先手)vs石橋・森内(後手)となった。この将棋だけは真面目に棋譜を取ったので、棋譜の解説を少しする。

 横歩取り後手3三桂という、今では少し珍しい将棋に進んだ。もう何年前になるか、この戦法で屋敷七段は棋聖を取ったといっても過言ではない。 その頃は少し流行した将棋である。
 下図はその仕掛け所の局面である。横歩でなく相振りを思わせるような展開である。
 この戦形と相振りは兄弟のような戦形であるが、この局面だけ見れば兄弟でなく双子である。羽生名人が「先手の打開策がわからない。」とか、言っていた。

  屋敷 中井 








図は△6五桂まで


 結局この後も先手の優位は動かず、将棋はそのまま終わった。

 表彰式で屋敷七段が嬉しそうに賞品のビールをも貰っていたのが印象的であった。


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