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イベント・レポート

キリン秋味杯 プロアマペアマッチ将棋トーナメント

1996年9月7日 横浜 鶴見区 生麦
【プロローグ】
【第一局・一回戦】
【第二局・一回戦】
【第三局・準決勝】
【第四局・準決勝】
【第五局・決勝戦】
【エピローグ】

リポータ:西田文太郎 e-mail : nishida@cs.ricoh.co.jp

【プロローグ】

 横浜は鶴見区の生麦。江戸幕府の終わり頃(文久2年)に、島津藩士がイギリス人を殺傷した事件で有名になった地名である。
 京浜急行の生麦駅は小さいけれど、側に JRなどの線路が沢山あって、ちょっとの間に何本も電車がゴオーっとけたたましく通り過ぎていく。
 生麦(なまむぎ)! 酒を付ければナマビール。キリンビールは冗談好きなのだろうか、この地に大きなビール工場を建て、「おいしいビールの文化村 Beer Village 」と いう涎のでそうな空間を演出している。

 将棋マガジンで、ペア将棋を試みたことはあるらしいが、今回のペア将棋は面白いスタイルの将棋の棋戦である。主催は将棋連盟とサンケイスポーツで協賛がキリンビール(株)である。
 出場者が12人6組というのが少なくて残念だけれど、初めはこの位からスタートするというのも味がある。

 徳丸綾という女性の司会でオープニング、水野真紀にやや似た感じの可愛らしい人だ。
 上がってしまって最初はトチ狂っていたけれど会場からの声援で徐々に立ち直った。将棋を初めて5ヶ月というのが嬉しい。

 先ずは抽選でペアの組み合わせを決める。
 9月から流れ出した「秋味」のコマーシャルの羽生善治六冠とタレントの渡辺徹がペアを組む。
 他の5組は会場で抽選だ。抽選箱を持った女性が出てくる。箱の中からアルファベットの書いてあるボールをプロが引き、別の箱からアマが引いて同じ文字の人と組む。
 郷田正隆六段とマジシャンの小林恵子、高橋和女流初段と作家の団鬼六、森内俊之八段とピアニストの神野(じんの)朗、清水市代女流四冠と俳優の森本レオ、佐藤康光八段とアマ女流名人の真壁英理子といううまい組み合わせになった。
 目の前で公正にやったものだが、私はマジシャン小林のテクニックが駆使されたのではないかとどうでも良い疑いを抱いている。
 トーナメント表に組み合わせが埋められる。羽生ペアと佐藤ペアが一回戦シードとなった。

 300人くらい居るだろうか、会場のファンサービスは、優勝ペア当てクイズと参加者全員にチャンスのある出場者による抽選である。
 各ペアの名前の付いている箱に自分の名前を書いたカードを入れるだけの簡単なもの。最後に優勝ペアが自分たちの箱に投票されたカードの中から一枚を引いて当たった人には景品が出る。また、各出場者が自分たちの箱に投票した人の中から1枚づつカードを引くので12人に景品が出る。

 ルールはアマ→プロの順に一手づつ指し、持ち時間は10分で後は30秒の秒読みとなる。
 途中プロの要請で1分間の相談タイムを2回とれる。この相談は大盤の前で行う、この間相手ペアはヘッドホン音楽付きとなる。
 振り駒は控え室であらかじめやっておく。


【第一局・一回戦】

 先手森内・神野ペア×後手清水・森本ペア、大盤解説が羽生・渡辺ペア。
 大盤解説で 渡辺徹が「佐藤さんはメモを用意してしっかり打ち合わせしていた。もしかしたら電 話番号を聞いているのじゃないか」と言って笑いを取っていた。
 またどさくさに紛れて「奥さんをなんと呼ぶんですか」などと聞くと羽生六冠は「ええ良く聞かれるんですよ」と言ったまま遂に答えなかった気がする。

 初め私が棋譜を取りかけたけれど、大盤を見ていたので大盤が間違えたため混乱してしまい、結局谷川さんに5局全部取って貰った(^^;;)。  序盤はかなりのスピードで指すのでキョロキョロしているとたちまち局面が進んでしまうのだ。

 相矢倉から先に1五歩と端から仕掛けたのは神野さん。3筋で銀交換してその銀を森内八段が8一にいる飛車に当てて7二へ打ち込む。
 その銀の処置に困って森内八段が一回目の相談タイムを取る。自分の銀打ちが失敗だったけど、こうやって何でも7三の桂を取って3四桂打ち(王手角取り)を狙いましょうと、アマを庇い明確な狙いを指示して一分間を有効に使ったので会場からは感嘆の声が挙がる。

 この相談タイムのルールは大ヒットだ。一分間のペアのやりとりがとても面白い。
 そしてこれを有効に使った方が勝ちそうだ。さすがに森内八段は旨いタイミングで2回取り効果的な指示を出して143手の熱戦を勝ちきった。
 清水ペアは相談のタイミングが遅かったのであまり有効な指し手は見つからなかったようだ。
 専ら森本レオと清水四冠の掛け合い漫才で感想戦と間違えそうなほどだった。

 本局の秒読みは碓井女流1級で良く通る明るい声でニジュー七、八、八と読んだりニジューシイーチ、ハーアアアアチ等と会場を沸かせていた。


【第二局・一回戦】

 先手高橋・団ペア×後手郷田・小林ペア、解説は佐藤・真壁ペアで有る。
 先ほどのメモについて佐藤八段はまじめに申し開きをしてくれる。
 真壁さんは早稲田の将棋部で鍛えられていて、将棋を習い初めてわずか一年足らずで女流アマ名人を取ったという。研究熱心で佐藤八段に知っている戦形などのメモを渡したということで、残念ながら電話番号は書いてなかったようだ。
 目の前にこんなに素敵な女性が現れたというのにチャンスを見逃すとはもったいない話だ。でも、竜王戦挑戦者決定戦で谷川九段に敗れたばかりで心中穏やかではないだろうに、佐藤八段も真壁さんの前では、満更でもなさそうに見えた。「電話番号教えて貰っても良いですけど」と小さな声でつぶやくように言ってたから。

 後手四間飛車に先手5五歩と位を取り3八飛車と回る。
 後手やや押され気味の中42手目に4四角と出たのが最悪で3一に飛車に成られてどうしようもなくなった。
 遅ればせながらの相談タイムで郷田さんは庇いながらもやけくその最長の粘り手順を指示する。しかし壷にはまった団ペアは容赦なくせめて77手で勝ってしまった。
 さすがのマジシャンも観客の熱気に上がってしまったのか、30秒の秒読みに追われたのか一手ばったりがでてしまって、内容的には応援するところのないものになってしまったけれど、ここがアマチュア混じりの良いところ。プロがカバーしないといけないけど、この局面はさすがに無理のようだ。
 プロ・アマペア将棋は短手数の美学のプロには向かないかも。案外、不倒流の淡路八段とか、地蔵流の南九段とかが向いているような気がする。


【第三局・準決勝】

 先手高橋・団ペア×後手羽生・渡辺ペア、大盤解説は清水・森本ペア。
 先手は早くも3手目に四間飛車に、後手は5三銀左から急戦定跡へ。
 角交換、飛車・角交換、銀交換の後、49手までの局面で羽生六冠が相談タイムを取った。

 羽生
 「ここは攻め合いに行きましょう。飛車をここ(9九)に打って、6九歩と受ければ9八飛成りで、受けずに攻めてきたら4八に銀を打って、勝っています」

 会場は一瞬シーンとなって直ぐにわれんばかりの拍手がわき起こった。
 大盤の前の森本レオさんは渡辺徹さんに
 「おい、覚えたかよ」
 と追い打ちをかける。清水女流四冠も
 「あたし達の時とは全然違いますね」
 と明快な指示に感心していた。

 局面は後手が受けずに進んだ為、渡辺さんは4八銀をもったい付けて自慢そうに観客にウンウンと合図を送りながら大げさに打ち込 んだ。
 しかしその9手後(58手までの局面)に取った和ちゃんの相談が大成功で、団先生は6七のと金が気になっていたようだが受けず に攻めようと言う決断が素晴らしかった。

 和ちゃん
 「三手の余裕があります。ここで受けに回ったら相手が羽生先生ですから勝つチャンスはありませんから」

 団先生
 「そうオ、このと金気になるけどな」

和ちゃん
 「攻め方は、3一銀でも2二銀でも、3三銀でも団先生にお任せしますから、ガンガン行って下さい」

 和ちゃんが横に侍って、「先生は攻めが強い」とおだてるからご機嫌の団先生は素直に和ちゃんの方針に従う。
 直後に後手6八との悪手を呼んで、羽生六冠が2回目の相談タイムをとり最善の指示を出したが、「どうせ、負けですけどね」と 言ったとおり最後の悪手でパタッと羽生六冠が投了してしまった。

 どうしてもアマチユアの場合は秒読みになると、一手ばったりの悪手を出す確率が高くなる。しかし、これもペア将棋の見所の一つ だ。本局は、双方とも相談タイムがタイミングも内容もぴったりで観ていてとても面白かった。


【第四局・準決勝】

 先手森内・神野ペア×後手佐藤・真壁ペア、解説は郷田・小林ペアである。
 真壁さんはワインレッドのワンピースに目元涼しい顔立ちで素敵な魅力がある。スラッとしていて素朴で明るい感じなので私は速攻で真壁ファンになってしまった。
 東大の神秘のマドンナといい、中倉姉妹といい、私も結構追っかけに忙しい。私は「真壁さん頑張れ」と力が入る。真壁さんを見るのも初めてで棋力も知らないけれど女流アマ名人戦で優勝した強運とかわいさを買い佐藤・真壁ペアに一票を投じたからである。

 相居飛車模様の出だしから、先手が中飛車に振る。それを見て後手は棒金を目指すがやや苦しくなる。先手の3四桂(61手目の局 面)に相談タイムの佐藤八段、馬を引きつけ何とか目の上のたんこぶの桂を取ろうと言う。

 直後に森内八段が相談タイムで、読み切れないけどこれで負けたら仕方がないと言う覚悟の2二金を指示する。

 それに同金なら難しくどうなったか分からないが、真壁さんが同馬と取ったため敗色濃厚となる。真壁さんは、3四の桂馬が邪魔なことは理解していて「2二同馬とさせば同桂成りときて、邪魔な桂馬を外せると思った」と局後に言っていた。柔軟な発想とでもいっておこうか。

 優しい佐藤さんは、2二同馬の前の自分の指し手(4一香)が打ち場所が悪かった(5一がよいと)と庇い、「4二金と打つと森内君の手番ですから彼は必ず5一金と来ます。そこで僕が投了しますから4二金と打って下さい」と指示をする。
 予言通り森内八段が指した79手目を見て佐藤八段が投了を告げた。最後はぽっきり行ってしまったけれど相談の内容も面白く、郷田六段曰く「勝ちに言ってる森内、佐藤」の対決は見物であった。


【第五局・決勝戦】

 先手高橋・団ペア×後手森内・神野ペア、解説は羽生・清水10冠急造ペアである。
 なんと、有利かと思ったシード組はどちらも負けて決勝戦は一回戦から勝ち続けた両ペアである。
 既にそれぞれ2局づつ指していて、疲れはあるものの、息のあったコンビネーションが見物である。

   先手四間飛車に対し、後手は右銀が出てきての急戦型。
 角交換から銀交換。更に後手は先手の角打ちを誘い、その角を1一に呼び込んで、召し取った。
 この2枚の角を飛車取り、飛車取りと8九、7九に打ち込み、手筋の飛車切り(56手目の局面)で巧妙に攻める。

 一方先手は7二への飛車の打ち場所が結果的にアンラッキーで後手の4五角成り(70手目の局面)がその飛車当たりになり決め手となった。
 この△4五角成りは、相談タイムで森内八段が指示していた手で、解説の羽生六冠も「相談タイムの効果が大きいですね」とうなっていた。

 最後は見事な即詰めに討ち取り80手迄で投了となった。
 終局直前の△2六桂の手の時、「ニジュウキュウ、キュウ、キュウ...」と遅れたときにはさすがに会場も少し白けてしまった。
 苦しい秒読みは、他の対局の時もあったけれど、大目に見れる範囲が難しいからやはり、間違えてもやむを得ないので時間内に指すべきだろう。

 森内八段は、神野さんの棋力ももちろん良かったのだが、相談タイムを取るタイミングがぴったりで、指示も簡明でこれからもずっとペア将棋の鬼となるかもしれない。


【エピローグ】

 優勝ペアを当てた人の抽選が終わり、各ペアに投票した人への抽選もどんどん進み最後の一人を真壁さんが引いて読み上げる。「** 区の西田さん」......きっと私達は赤い糸で結ばれているに違いない。
 景品は佐藤八段の「雄大」の色紙とキリン秋味八缶の詰め合わせだった。なんと幸せな気分で京浜急行に乗った夜で有ることよ。

 今回の画期的なイベントでいくつかの課題も明確になってきたと思うので、その辺をクリアしながら、これからも楽しいペア将棋をもっともっと発展させて欲しい。


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