【前のレポート】 【次のレポート】 【イベント・レポート】

イベント・レポート - 0008-

第54期 名人戦 第3局

月 日 :1996年5月10日〜5月11日
場 所 :神奈川県横浜市西区みなとみらい インターコンチネンタルホテル
リポータ:西田文太郎

目次

前夜祭
第2日目 大盤解説

前夜祭

 5月10日、午後六時過ぎ、横浜は、みなとみらい21。
 白く美しいヨットの帆を連想させる雄大な横浜グランドインターコンチネンタルホテル。広くゆったりとしたゴージャスなホテルの中、エスカレーターを乗り継いで3階の『パシフィック』の間へ。

 立食パーテイだ。
 大勢いる、、、200人以上は居るだろう。ほとんど男性、でも女性の姿もちらほら。
 明るい紫のスーツに島柄のネクタイを締めた羽生七冠王がグラスを持って立っている。
 近くにはグレーのスーツにチェックのネクタイをしたがっしりした体格の森内八段も。
 羽織袴の正立会人の原田八段も。
 NHK衛星の将棋番組で司会をしている吉川アナウンサーもいる。
 私が見知っている顔はこの位と谷川お兄さん。

 地元のお歴々や主催の毎日新聞の人達、そしてホテルの総支配人ミッシェルさん等の挨拶に続いて乾杯。
 直ぐに、前夜祭参加者と両対局者を交えた記念撮影で会場はごった返した。
 『個人的なサインや写真はご遠慮ください』というアナウンスはあるけれど、羽生さんや森内さんを入れて写真を撮る人が多い。
 森内さんは未だ嬉しそうに応じているが、さすがに羽生さんは顔には出さないけれどうんざりしているだろう。飽きたという方が当たっているかもしれない。
 前夜祭は両対局者のためというよりは、ファンの為の催しなのだろう。

 私は谷川お兄さんにくっついて吉川アナや毎日新聞の方に紹介して貰った。
 吉川アナは大和の住人とか、放送で終局をという谷川さんに

 『そうなんですよね、大変残念です。今は定時番組が強くて』

 と話していた。
 毎日新聞社の方とは、囲碁と将棋の連盟の違いについて談が弾んだ。

 更に、羽生名人の所へ谷川さんが表敬訪問。
 リコーのホームページへの海外からのアクセス状況や英語の事等を話していた。

 『英語は、はずかしくって勉強しているとは言えませんね。』

 と苦笑いしていた。
 羽生名人は、話していても奢ったところがなく感じのいい好青年。
 やはり、あの紫のスーツは似合うし、前髪と眼鏡の中の目が素晴らしい。

 森内さんも感じがいい。背も高く色は結構白い。
 第2局も『途中は良かったと思うんですけどね』と飾らない。
 横浜で名人戦はあまり無かったそうで、横浜は森内さんの地元と言うことで、この地になったのだろうか。
 私が『そろそろ勝つ頃ですよね。』と言ったけれど聞こえなかったらしく、返事は無かった。
 ご両人とも谷川兄さんには一目置いている感じ。
 何しろ谷川俊昭さんは森内さんや羽生さんが四段の頃に対局し勝っているのです。
 この辺はFAQに入っていたかな。

 途中から副立会人の塚田八段が登場した。
 前夜祭慣れしている羽生名人はいつの間にか消えている。
 更に遅れて、衛星放送の聞き手の高橋和女流初段がやや茶髪のショートカットに水兵さんのようなTシャツで現れた。
 将棋世界に載ってたけど初めはもっとマッチャッチャだったらしい。
 高松から今着いたところとか。 将棋世界の『和とレッスン』の取材でしょうか。
 夏にはヨーロッパに行くそうですよ。
 うまく行くとそのうちリコーの合宿にもキャプテンが呼んでくれるかもしれません。
 今回はヨーロッパとかち合いそうですが。

 約1時間半ぐらいでお開きになったが楽しい催しでした。
 対局者にはやや負担かもしれないけれどファンには堪えられないひとときですね。
 テレビや雑誌の写真では体の大きさがよく分からないし、クールなメデイアだから体温が伝わってこない。対面しているとその人が伝わってくるから嬉しい。
 そして大概の人は生の方がテレビより格段に素敵だ、男性も女性も。

第2日目 大盤解説

 96年5月10日金曜日、午後7時。
 みなとみらい21のインターコンチネンタルホテル6階の相模の間、風を帆に受けて快走しているのは、羽生号か森内号か。
 私は地の利を生かし、夕食休憩中に大盤解説会場にたどり着いた。
 解説会は、3階のパシフィックという宴会場。

 入り口でなにやらもめている。
 来場者が予想の倍以上とかで立ち見になると言う。
 毎日新聞社の担当者はひたすら申し訳ありません、と誤りの一手。
 周りでは大勢のファンが成り行きを見守っている。
 こういう時しっかりクレームを言える人は偉いと思う。腹の中でそうだそうだと言ってばかりいないで私も見習わなくては。
 その3人ほどのファンの抗議の甲斐あってか、来たひとは全員入れたようだ。
 さらに、椅子も大増設して私も座ることが出来た。
 遠いけれども、感謝。みんな時々立ち上がって大盤を確認している。

 夕食休憩前に指された手は先手羽生名人の▲7七桂。
 大盤解説は塚田八段と聞き手が大場美夏女流。

図は7七桂まで

 ここで次の一手が出された。森内八段は夕食を挟んで未だ着手していない。
 予想は、

 塚田八段は4六銀が有力という。しかしどちらが良いのかは不明。

 やがて森内八段が△4六銀。

 塚田解説が支持され、正解者は百数十人と多い。私も正解。
 正解者には、30人に記念の扇子、10人にポスターが当たる。
 塚田八段が正解の解答用紙を箱から選ぶ。
 佐賀県とか遠方の人も結構当たっている。アマ有名人の金子タカシさんも当選、将棋を世界に広める会の真田さんも当選した。
 残念なことに私はくじに当たらない。マッ、イッカ。

 局後、森内八段は▲7七桂で後手悪いと言っていた。 遡って△6五角打ちが良くなかったとも。

図は△6五角まで

 土曜日のNHK衛星のウイークリーでは、米長九段、6五角の後の△4六歩で△5五銀右なら難しいと解説していた。
 塚田八段によると控え室も4六歩は検討していなかった。△5五銀右に▲3四歩で良い勝負と。
 しかし△6五角打ちを発見したという塚田八段も、最初は攻防に効いて良い手と思ったけれど、だんだん悪手のような気がしてきたとトーンが変わっていた。
 控え室では、△6五角の手で、谷川九段、△9三角はどうかと言っていたとか。

 金曜夕方のNHK衛星の解説は、島八段で▲7七桂を見て絶句。

 『全く考えていなかった。人と同じ事を考えていては七冠には成れませんね』

 と爽やか。

 塚田八段の解説では手が進んでも羽生良しが続く。

 しかし更に進んで、▲2四歩に△3三金寄るとしたところで森内良しかとなった。
 ▲2三歩成りの変化も▲3四歩の変化も後手良しになる。

 ここで解説も休憩。
 やがて塚田八段とともに谷川九段が現れて満場大喝采。

 羽生名人の着手は▲7一角。

図は▲7一角まで

 ここで塚田、谷川でいろんな変化を見せてくれる。
 谷川九段は大盤の前でもう少し正面から見たいと結構真剣に読んでいる。
 そしてこういう変化を全て読み切って7一角を指しているとすれば凄いとうなる。

 △5七歩と金頭を叩いた辺りで塚田八段が

 『読み切っているかどうか判りますか』

 と尋ねると、谷川九段は

 『ここで長考するようだと読み切れていないということだけど、5分程度なら確認の読みでしょう』

 と答える。
 塚田八段は『なるほど』と感心。

 羽生名人はその5分程度で▲6八金右と寄る。
 大盤には佐藤八段も登場して豪華三人の解説。来て良かった。

 どの変化も先手の4四角成りが厳しく森内勝ちの目はでない。
 谷川九段は4五の位を取って負けるというのは信じられないと言う。そしてこういう負け方は堪えると。

 91手目に谷川九段が▲3一銀を指摘すると佐藤八段は投了しか無いという。『友達をなくす手』とも。
 もう少し考えて『念には念を入れて▲2三歩と叩きますかと』佐藤八段。
 さすがに7一角の後は解説がぴったり当たり午後10時8分、8時間59分53秒の持ち時間を使い切って森内八段が投了。

図は▲3一銀まで、先手の勝ち

 会場のモニターに感想戦が映る。
 吉川アナウンサーが11時から衛星の生放送をやるので見れる人は見ていってくださいという。
 私は帰れなくなるかもしれないと不安になりながらも、毒をくらわば皿までと言うではないか、一度はとことん見て行こうと腹を決める。

 羽生七冠王の事を考える。
 矛盾という言葉がいつも浮かぶ。中国の故事で『おまえの矛でおまえの盾を突いたらどうなる』という命題。
 先手の羽生がこの矛で、後手の羽生がこの盾ではないかと。
 まさにどんな盾よりも強い矛であり、どんな矛よりも強い盾である。

 デイレクターの人がヘッドホンを通して6階の人と打ち合わせをしている声が聞こえる。
 感想戦を生で流すとか、スタートは50秒から森内さんの『負けました』までとか。
 吉川アナは椅子に掛けてメモを作っている。原稿を作っているのだ。
 高橋和さんも現れて先ずは夕食休憩の局面を作る。
 先手の5八金が3八にいる。30人以上は残っている会場から指摘。
 その後立つ位置や段取りの打ち合わせをしている。けらけらと笑う声が現場を明るくする。
 10分前くらいに島八段が現れる。簡単な段取りの打ち合わせだけでリハーサルはしない。

 11時、モニターに番組の画面が映る。
 吉川アナウンサーの名調子に島八段の解説と和ちゃんの会話ですらすらと進む。
 私は生放送の現場を楽しみ、満足してヨットから引き上げた。


【前のレポート】 【次のレポート】 【イベント・レポート】
RICOH Copyright (C) 1996-2004 RICOH Co.,Ltd. All rights reserved.